わ鐵で行く、旧足尾線と足尾銅山探索

以前から行こうと思っていた足尾銅山、ようやく大学も休みに入ったので行くことにしました。

東武線を乗り継いで相老駅に到着です。

相老駅は東武桐生線とわたらせ渓谷鐵道の乗換駅です。

11:34発の間藤行に乗って、終点間藤駅を目指します。

わたらせ渓谷鐵道の歴史を辿ると、もともとは足尾鉄道という路線でした。
その後の1918年に国有化され、国鉄足尾線になり、国鉄時代では終点の間藤駅からさらに先まで、足尾本山駅が存在していました。
間藤〜足尾本山間は貨物線という扱いで、何を運んでいたかは言うまでもないですね。
そしてその後、足尾銅山事件などもあり、1973年に足尾銅山は閉山となりました。
当の路線も1987年に国鉄の民営化によりJRになり、2年後の1989年には第三セクターとしてわたらせ渓谷鐵道が開業しました。
それと同時に、足尾本山駅も廃駅となりました。
しかし実際のところは、JRになってから足尾本山駅には一度も列車は乗り入れていないそうです。

わたらせ渓谷鐵道は2014年に天皇・皇后両陛下がトロッコ列車に乗車されたこともあり、テレビで度々取り上げられているのでご存知の方も多いと思います。

途中の神戸(ごうど)駅にて、レストラン「清流」

わたらせ渓谷鐵道(以下:わ鐵)沿線には様々な面白スポットがありますが、これもその一つ。
駅のホームに、当時東武鉄道で使われていた車両が置かれており、その中がレストランに改造されています。
今回は時間が無いので、パス。

途中の沢入駅にて列車交換のため停車。

相老で列車の写真を撮り忘れていたので、ここで撮影。

わ鐡にどのくらいの車両があるのかわかりませんが、この車両はかなり新しいですね。
新潟トランシス社製のWKT-511形だそうです。
トロッコ列車を運転する際は、この車両が連結するのでカラーリングが同じですね。

車内もご覧の通り、かなり綺麗です。

この時点で乗客は皆降りてしまい、貸切状態。通路に脚が飛び出ていますが、問題ありません(笑)

路線名の通り、渡良瀬川に沿って北上します。

車窓はかなり綺麗です。
この時期なので見どころはなかなかありませんが、紅葉の季節はとても綺麗な車窓を眺めることができ、たくさんの観光客が訪れる路線です。

13:05、終点の間藤駅に到着です。

先ほど述べたように、間藤駅は現在のわ鐡の終点です。

ここから時折姿を見せる廃線跡を眺めながら、足尾本山駅まで歩きます。

駅前の道を足尾本山方面に歩き始めるとすぐに、上の平社宅があります。

当時の公衆トイレです。こういうものは大抵割られてしまうことが多いですが、比較的良い状態で保存されていました。

さらに少し歩くと、旧足尾線と交差する踏切跡があります。

間藤方面。

レールが片方外されていました。
調べたところ、まだ立入禁止になっていない時代に駐車場として使われていたようです。
車を停めるのに都合が良いから外したんですね。

足尾本山方面です。

立派な橋があります。
これが第二松木川橋梁です。

線路上は現在立入禁止となっていますので、柵の間からの撮影になります。

こちらのコンクリート製の橋は、第二松木川橋梁と交差しています。

この橋もなかなか立派ですが、こちらも現在は立入禁止。
この先には廃校となった本山小学校があるのですが、そこへ通っていた児童のための通学路になっていたそうです。

続いて、間藤水力発電所跡。

ここから松木川を渡り、本山小学校方面へ歩きます。

足尾本山方面へと線路は伸びる。

このトンネルは向間藤トンネル。
全長は210mほどでたいした距離ではないのだが、カーブしているため出口の光は届かない。

こちらが本山小学校。

校舎裏までは近づくことが出来ましたが、それ以上、校庭に向かう道には立入禁止のフェンスが立っています。
窓には「防犯カメラ設置しました。」の貼り紙も。
中には廃墟を荒らす人も少なからずいるので、こういった対処は必要なのでしょう。

記念植樹も、ただ自然に身を任せるだけだ。

そしてその先、足尾本山駅手前から間藤方面を見る。

見えるのは向赤倉トンネル。

これが最後の橋、出川橋梁

橋の先には、まるで時が止まったかのような鉱山跡が残されている。

橋は立入禁止なので、橋の手前から撮影。

この出川橋梁、「1974年7月」という文字が確認できるが、それが着工日なのか完成日なのか確認出来なかった・・・

それから写真では伝わらないがかなり高さがあり危険なので(立入禁止なので当たり前なのだが)渡るのは勧めない。

万が一落ちて死んだら、「学生が立入禁止の橋を渡り落下し、死亡」などという救いようのないニュースが流れてしまうので、渡りません。

続いて、こちらも現在は渡ることが出来ないが変わった橋がある。
古河橋だ。

「古河橋」は1890年6月に着工され、ドイツのハーフコート社製の橋だ。
写真では雪が覆いかぶさってしまいわからないが、木床版、すなわち床が木製なのが特徴だ。
橋自体は鋼鉄製で、単径間ボウストリング・ワーレントラス式という形式らしい。
形状がボウ(弓)と弦(ストリング)のようなことからそういう名前が付いているそうだ。
ボウストリングトラスは日本には1890年代にハーフコート社から70連ほど導入されたそうで、この橋もまさにそのうちの一つにあたるってわけだ。
そして、ワーレントラスと言うのは、斜材の向きが交互に設置され、ハの字になっている橋のことを言う。
橋の長さは48.5m、幅は4.8mで、国指定重要文化財に指定されている。
また、現在はこの隣に「新古河橋」が架かっており、古河橋は渡ることが出来ない。

そして最終目的地、足尾本山。現在ではかなり解体が進んでいる印象だ。

全景。

続いて、足尾線を間藤方面に向かって少し歩く。

向赤倉トンネルを抜けるとまず目に入るのは、腕木式信号機。

向赤倉トンネルを間藤側から足尾本山方面を見る。

途中で廃線跡から外れ、もと来た道を歩き、間藤駅に戻る。

15:08発、桐生行。

わ89-310形。行きに乗った車両より古い。

途中の、「駅にある温泉」で有名な水沼温泉センターで温泉に入り、水沼駅17:22発の列車に乗り相老駅へ。

17:50、相老駅に到着。

相老からは18:04発、特急りょうもう44号に乗り、浅草に向かった。

(わ鐡で行く、旧足尾線と足尾銅山探索終り)

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