【試乗記】GR YARIS RZ “High performance”

このクルマ、一言で表すならば”Rigid”だろうか。

久々の試乗記である。
他にも書こうと思えばネタはいくつかあるにはあるのだが、わざわざ試乗記として残すほどやる気の出るクルマでは無かった。
しかし、今回乗ったGR YARISは久々に記憶に残る”濃い”体験だった。

例によって、本記事はあくまで「試乗記」であり、「試乗レビュー」ではない。
私は自動車を精確に評価出来るテストドライバーでもなければレーシングドライバーでもないし、技術的知見に富んだ自動車エンジニアでもない。
もう少し文章力があればドライビングスキルも技術知識も無くても自動車評論家ごっこは出来るのだろうが、残念ながら自動車評論家になれるほどの文章力もないので、これはいつも通り、ただの個人的な備忘録である。


試乗当日朝、僕は上野駅で北陸新幹線に乗車した。

乗るのはE7系であるが、反対ホームにいるE5/E6系に目を奪われていた。

E5/E6系のウルトラロングノーズは見る度にその美しさに心惹かれる。
ご存知のように、日本は国土の73%を森林が占める山国である。
それ故に、300km/h超で巡航する超高速列車を走らせるためにはトンネルが必要不可欠で、その結果がこの美しい造形を持った列車を生み出したのだ。

E7系に乗り込み、GR YARISのもとへと向かった。

お借りできるのはGR YARIS RZ “High performance”と呼ばれる、今のところ最上位グレードに位置するモデルだ。
スペックやら技術的なことは後述する。

GR YARIS RZ “High performance”

エンジンの始動は決してド派手ではないものの、明らかにスタンダードモデルのヤリスとは全く異なる重厚感が漂う。

まずはドライビングポジションを合わせる。
僕は基本的にローポジションを好むため、ラリーカー(というより普通のハッチバック)らしいアップライトなドライビングポジションには慣れない上に、フットレストの位置がちょっとイマイチ。
もし僕が乗るなら、少なくともドライバーズシートの交換とポジションダウンは必須だし、フットレストに関してはアフターパーツで改善が見込めそうなので、まあ気にかけるほどの欠点ではない。
これは完全な余談だが、僕は免許を取得する前から「外からサイドウィンドウ越しにドライバーを見て肩が見えるのは格好悪い」という感性を持っており、これは一貫して車選びの指標の一つであるため、なるべくサイドウィンドウが小さく、かつシートポジションが低い車が好きなのだ。

黒いパネル、白いインデックス、赤い針のシンプルで理想的なメーター。これ以上何が必要なのか?

クラッチを踏んで1速へ。
クラッチは意外と遊びがあるが、最近の車らしく適度に軽くて扱いやすい。
そして何より、シフトフィール(=トランスミッション)の圧倒的な剛性感。
シンクロに当たる感覚すらはっきりと左手の平に伝わってきて、操作感もずっしりと重くストロークも多めなので、”軽快なシフトフィール”とは全く異なり、明らかにレーシンググローブを介して操作することをが前提のように感じる。
おお、これはすごい良いかも…

市街地を走り出す。
昨夜の時点では南下して八ヶ岳あたりを走ろうと思っていたのだが、E7系の車窓から冠雪の美しい浅間山を見たら気が変わり、北上することにした。

まずはエンジンの暖気とドライバーの暖気も兼ねて軽く1,500rpm〜2,500rpm程度で市街地を流していると、G16E-GTSは過給する素振りを見せず、単なる1.6Lの3気筒NAの風情だ。
つまりトルクが薄く、気持ち1段低いギアで走らないと少々かったるい。

これは単に僕自身がターボエンジンに乗り慣れてないというのもあるのだが、近年の高効率ターボエンジンは低回転域から明確に過給してフラットトルクで楽に走れるのに対し、G16Eは明らかに日常域を犠牲にして中高回転側に振っている。
でもこれはすなわち、街乗りは犠牲にしてでも競技で多用する中高回転域に振った設計であるということを意味しており、この時点でかなり”グッと来る”ものがあった。

r94(地蔵峠)へ入り、軽くアクセルオン。
市街地では眠っていたG16Eは3,000rpmを超えたあたりから3気筒とは思えぬほどの野性味溢れるサウンドを奏で、GR-FOURと呼ばれる新開発の4輪駆動システムが余すことなくその力を路面に伝える。
スタッドレスタイヤによるグリップダウンを物ともせず、小さな国産ロケットは一気に加速Gを立ち上げ、背中をドライバーズシートに押し付ける。
アクセルオフすればブローオフサウンドと共に減速Gが発生する。

「いや、これは凄い…(汗)」

市街地ではダルかった低回転域と同じエンジンとは思えぬほど、中回転以上でのレスポンスは抜群。

これは、GR YARISがWRC参戦のために専用開発されたマシンであるということが大きく関係している。
WRCでは4,500rpm〜6,200rpmという回転域を多用して走ること、レギュレーション上レブリミットが7,500rpmと規定されていることから、この中回転域でライバルに”勝つ”ために設計されているのだ。

近年ではもはや珍しくなった”エンジンとの対話”も十二分に楽しむことができる。
様々な背景を持つエンジン毎の過渡特性の違いが”個性”を生み出しドライビングの難易度を上げると同時に、これをいかにして上手くコントロールしてパワーを引き出してやるか、という奥深さがドライビング・プレジャーの一端を担っていると改めて感じさせられる。

しかし一方で、これを誰もが公道で踏み切って楽しむことが出来るか?と言えば、答えはNOだろう。
G16Eの最もパンチのある回転域での出力は日本の”峠”と呼ばれるタイトなワインディングロードでは明確に持て余し、仮にこれを使い切って走るとなれば少々反社会的な行為になってしまう。
一般的にスロットルペダルを0-30%でコントロールするよりも、0-100%でコントロールする方がより愉しいとされ、”全開率”もドライビング・プレジャーを構成する一つの指標である。
そういう意味では、私のようなスキルの低いドライバーに限って言えば、GR YARISよりもローパワーなスイフト・スポーツの方が日本のワインディングロードではより安全により楽しめたのは正直なところだ。
裏を返せば、GR YARISはスキルフルなドライバーが国際サーキットやジムカーナ、ダートラリー等のクローズドコースで競技車両として使うには最高のマシンになると思われる。

“ドライビング・プレジャー”という抽象的な言葉で表され、機械が人間の五感を刺激することで生まれる歓びは、単に数値性能を上げれば上がるものでもなく、定量化出来ない指標であるということが難しくもあり、車をより楽しいものにしているのだ。
定量化が難しい人間の五感に関わる評価に関しては「テストドライバー」や「開発ドライバー」と呼ばれる人たちの存在が必要不可欠で、GR YARISの開発に携わり、より良い車に育て上げた”マスタードライバー・モリゾウ”の存在も抜きにして語ることが出来ない車である。

ハンドリング性能については、スタッドレスタイヤを履いていること、僕が4WDの走らせ方を知らないこと、そもそも借り物であることからそこまでコーナリングフォースを上げて走っていないため言及は避けておく。
これは決して悪かったという意味ではなく、少なくともステアリング剛性はスタンダードのヤリスとは全くの別物であり、シフトフィール同様に遊びが限りなく少なく精密だ。
少なくとも日常+αの領域で走っている限りでは、”熱狂的後輪駆動信者”の自分でも特に違和感無く走れる。むしろ、私のような下手くそドライバーは機械に任せて走った方が速いのだろう。
スタビリティが極めて高く、一般のドライバーであれば全く不満は生まれないだろうが、先述の通り国際サーキットやジムカーナで走らせたプロドライバーの意見を聞きたいところ。

当たり前といえば当たり前なのだが、五感に伝わるもの全てがスタンダードのヤリスとは全くの別物であり、ボディはこれだけのパワーをもってしても全く不足無く、圧倒的な剛性を感じさせる。
それもそのはず、ヤリスとの共用部品はヘッドライト&テールライトとドアミラーと一部の内装パーツくらいとのことだ。

乗り味も同様に硬質であり、決して不快な突き上げは無くとも絶対的なフィーリングは硬め。少なくとも同乗者に喜ばれる乗り味ではないと思う。
もっとも、スタッドレスタイヤなのでドライタイヤを履けば印象も変わるかもしれないが。

絶対的にバネは硬めではあるものの、強靭なボディのおかげで減衰の収まりは良く、見事に履きこなしているので決して不快感や不足感はない。
少なくとも、”ギリ20代”の僕にとってはシートさえ変えれば長距離もこなせるレベルである。
そもそも、これはWRCのホモロゲーションモデルであり、誰が”1,000km走っても疲れない快適な乗り味”を期待するだろうか?

この車のトピックの一つであるエンジンにはもう少し詳しく触れておきたい。

型式 : G16E-GTS
種別 : 水冷直列3気筒ターボ
排気量 : 1,618cc
ボア×ストローク : 87.5mm×89.7mm
圧縮比 : 10.5
最高出力 : 200kW/6,500rpm
最大トルク : 370N·m/3,000-4,600rpm

「G16E-GTS」という型式が与えられた直列3気筒ターボエンジンは、ラリーで勝つために誕生した専用エンジンである。
つまり、競技で求められる要件と環境に全てのパラメーターが最適化され、一方で排ガス規制等の量産要件も満たした上で量産され、こうしてカタログモデルとして誰もが購入することが出来る。

エアクリーナーボックスにも刻まれた”GR”のロゴが専用品であることをアピールしている

GR YARISという車はWRCのRC2クラスで勝つために開発された車だ。
そのため、エンジンに関してもその片鱗がいくつも見受けられる。

まず排気量に関して、Rally2規定で排気量は最大1,620ccと定められており、それに合わせてG16Eは1,618ccとなっている。
その上で出力、ボア・ストローク、信頼性等、無数にあるパラメータを最適化していったのだと推測される。

WRCにおける競合が4気筒を採用する中、トヨタは3気筒を選択している。
近年のBセグメントコンパクトカーは3気筒が主流(もうすぐEVが主流になるのかもしれないが)になっており、セオリー通りといえばセオリー通りだ。
その理由の一つに、3気筒エンジンは240度間隔での燃焼のため、気筒間の排気干渉がほぼ発生せず、掃気効率が高い。で、掃気効率が高ければ新気の充填効率が高くなり、結果として低速トルクの向上が見込める。
一方これを4気筒でやろうとすれば、一般的にツインスクロールターボを用いたり、EX側に可変バルブを採用したり、要はなんだかんだで追加のメカが必要となってしまうのが実情。
効率(=性能)を最優先した結果の3気筒という選択、ということだろう。

排気量、気筒数と決まれば次はボア・ストローク比となる。
改めて調べてみたところ、この記事の中では「ボアストローク比はボアから決めたわけではなく、ストロークから決めたわけでもない」と書かれているが、私が知っている話とは少し異なる。
WRCで多用する回転域からボア径をパラメータースタディした結果87〜88mmが最適値であり、最終的には車両搭載性を加味して87.5mmになったと認識している。
ボア径が決まればストローク量は排気量から算出出来るわけで、排気量はレギュレーション限界値の1,618ccとし、そこから逆算して89.7mmになった、と。
もちろん、真偽のほどは開発者のみぞ知る・・・

とにかく僕のような人間にとってこの専用開発エンジンはネタに尽きること無く、その他にも軽量化のための工夫や高負荷燃焼に耐えるための設計など、とにかくあらゆる意匠が凝らされている。

設計も目をみはるものがあれば、生産工程も特殊だ。

GR YARISの生産は通称”LFA工房”とも言われる元町工場の「GRファクトリー」の専用ラインで生産され、G16E-GTSは下山工場にて手組みで生産されている。
しかも、ピストン、ピストンピン、コンロッドに対して重量選別までしているというから驚きだ。恐らく気筒差や個体差が限りなく抑えられていることが想像出来る。
まさにAMGの”One man, One engine.”やGT-Rの”匠”と同じだ。

この車のもう一つのトピックは「GR-FOUR」と呼ばれる4輪駆動システムだろう。

しかし予め言っておくと、こればっかりは未だに仕組みを完全に理解出来ていないのが正直なところ。なのでここから先は私の思考が混在した文章となり、誤りも含んでいる可能性が高いことを容赦して欲しい。

GR-FOURはスバルのWRXやAudiのquattroなどのセンターデフ方式とは異なり、いわゆる”FFベースのオンデマンド式4WD”だ。
これは一般的に、オンデマンド式と呼ばれるように通常走行時はFF状態で、必要に応じてプロペラシャフトとリアディファレンシャルの間に設けられた電子制御カップリングが後輪と締結することにより後輪にも駆動力が配分される仕組みである。なので、あくまで後輪は補助的な位置づけである。

一方でGR-FOURは同様の方式ながら、常時4輪駆動を実現している。
つまり、カップリングが常時締結状態となる。これ自体は何も不思議ではない。

では、どうしたら30:70の前後駆動配分を実現出来るのだろうか?

普通に考えれば、後輪に駆動配分したところで、フロントディファレンシャルから直接駆動力が供給される前輪の駆動配分を上回ることは考えられない。理論的に考えれば、最大でも50:50となるはずである。
その答えは、どうやら前後での最終減速比に1%弱(0.7%?)程度の差を作り出しているらしいのだ。つまり、リアの方が若干ロングなギア比となっており、雑に言えば”後輪の方が前輪より速く回転する傾向にある”、ということだと考えられる。
しかし実際に前後輪で回転差が生じてはタイヤは無駄に磨耗するだろうし、4WDオーナーであれば前後輪でタイヤサイズを変えるのがご法度であることは良く知っていることだろう。

ではこれまたどうするかといえば、電子制御カップリングを常にスリップさせながら使っているのだそうだ。
普通に考えれば温度の上昇や耐久性が気になってくるところだが、これについては問題ないとのこと。まあ天下のトヨタがやることであり、素人が一般的な使用環境での耐久性は心配するまでもないだろう。

さらにRZ “High performance”には前後にトルセンLSDが標準装備となっている。
電子制御カップリングもトルセンLSDもジェイテクト製であることを考えれば、何かしらのセットアップ(カップリングの負荷軽減とか?)が施されていると考えるのが自然だろうが、これまた実際のところは不明。
また、競技者向けには純正GRパーツとして前後の機械式LSD(確かクスコ製と聞いた気がする)が用意されている。
大井さんのYouTubeチャンネルで前だけ機械式LSDを入れたGR YARISの走行動画があるのだが、これは悪く無さそう。
じゃあ後ろだけ機械式LSDを入れたらFR寄りの挙動になるのか、とか考えてみるのだが、結局4WD所有歴が無い僕にはあまりに複雑で答えは出ない(汗)

トヨタの技術者によれば「GR-FOURは理論上は0:100の駆動配分も可能」と答えている記事がいくつも見受けられるのだが、ここまで来ると僕には”理論上”の意味も含めて理解出来なくなってくる(汗)×2

ちなみにGR-FOURと同様にカップリング方式の4WDでありながら最終減速比に差を設けて後輪寄りに駆動させる技術は、Ford Focus RS(Mk.3)でも既に搭載されているし、こちらは何なら”Drift Mode”なるものも少し話題になった。
さらによくよく調べてみれば、マツダの「i-ACTIV AWD」においても、前後で約1%の差回転を設けているとのことだ。(マツダ技法 No.37 4.1項より)
つまり、単に私が疎かっただけで、4WD技術は日々水面下で進化しており、それがGR YARISという車で表に出てきただけなのかもしれない。

一通り走らせ満足した僕は、草津温泉に向かい、湯に浸かりながらGR YARISという車について思考を整理していた。

草津温泉からの帰路は冬特有の美しい夕焼けが山の稜線越しに広がっていた。

やや硬い足回りはあるにせよ、普通に流せば普通に乗れる車である。

後席は人を乗せるには至らないもののタイヤ4本を積載出来る実用性を持ち、やや大きめのグリルながら変な威圧感もそこまでなく好印象。
RZ “High performance”であれば十分な音質であるJBLのサウンドシステムもあり、CarPlay対応のナビゲーションもある。
僕は一度も使わなかったが、運転支援機能もオプション装備ながら(ポルシェの法外な値段とは異なり)安価に装備することが出来る。

しかしどこか硬質であり、63系のAMGや初期のR35 GTRに通ずる何かを感じる。ロードスターやボクスターのような、いわゆる「癒やし系」のスポーツカーではないという点は購入前に十分に考える必要があると思う。

GR YARISを返却し、30分ほど談義の後に帰路に就く。

ガラガラの北陸新幹線で、一人信州ワインを飲みながら考える。
「買いたいかどうか?」

往年のハイパワーターボのようなエンジン特性に4WDは魅力的なスポーツカーであり、とにかく速い車が欲しいならば間違いなく買いだし、ジムカーナやダートラをやる人も間違いなく買いだろう。

しかし、今の仮に自分が買うかどうかと問われたら恐らくNOだと思う。
先述の通り大きな欠点もなければ、パフォーマンスは圧巻である。価格も専用開発のオンパレードであることを考えればバーゲンプライスとも言える。欲しいか欲しくないかで言えば間違いなく欲しい。

でも結局のところ、素人の自分にとって4WDはあまりにも複雑なので、後輪駆動でドライバーに優しく寄り添ってくれるコントローラビリティの高い(難しいとも言える)車が好きなのだ。
そうすると、GR YARISは僕には少々複雑過ぎるし、そして速すぎるのだ。
できれば後輪駆動で、もう少しローパワーで、挙動特性もシンプルなものが良い。
ボクスターではGR YARISには速さでは全く歯が立たないだろうが、今の僕にとってはそれで良いのだ。

そう考えると、GR86は車好きの最大公約数をとったような存在なのかもしれない。

それにしても、ここまで車好きを悩ませる素晴らしい車を出し続けてくれ、乗る機会を与えてくれたトヨタには感謝である。

(終)