欧州の想い出 「発つ」 -Day 1-

出発4日前の話である。

僕は高校時代の友人が勤めているバーで、友人の奢りであるのをいいことにマッカランを洒落込んでいた。

と格好つけてみるも、僕は今でも日常的にアルコールを飲むことは少なく、旅に出て気分が良いときや特別な時にしか飲まない。
おまけに好んで嗜むのもウイスキーと白ワインくらいなのだが、これは僕が高校時代に学んだ仏教の「飲酒戒(おんじゅかい:禁酒の意)」に深く関係している。
まあ嘘…いや、飲酒戒は嘘だが、高校時代に仏教を学んでいたことまでは真である。

お酒というのは僕にとって嗜好品であり、嗜好品は日常的に体験するとその特別感が薄れてしまうと思っている。
車を運転するのは何よりも好きなのだが、僕にとっての車は嗜好品であり、日常的には運転しないようにしているのも同じである。
日常と非日常とか、オンとオフとか、仕事とプライベートとか、いろいろ言い方はあるが、要ははっきり区別したいタイプの人間なのだ。

それはさておき、目の前にあるマッカランはスコッチウイスキー、つまり正真正銘これから訪れるイギリスのものである。
そして何よりも、馴染み深い”パブ”のまさに本場であり、エールといえば英国である。
飲まないわけにはいかず、例え仏教徒であっても、英国にいる間は”五戒”ではなく”四戒”にしようと決意した。


ヒースロー空港まで東京からひとっ飛び。約12時間40分のフライトである。

乗り慣れた日本航空ではあるが、運航はブリティッシュ・エアウェイズ。
だからといって何か不都合があるわけでもなく、むしろ搭乗した時点でイギリスに着いたも同然である。
往路の便としてはお得と言って差し支えない。

ランチ

12時間の移動というのは大して辛いものではない。
ほぼ椅子に座りっぱなしの12時間なのだが、今となっては平日は毎日似たようなことをしている。それに比べりゃ、RECAROのシートに腰掛けて好きに過ごせる12時間なんてのはあっという間である。
尤も、インターネットにはつながらないのでダウンロードした映画やら何やらを観たり、地球の歩き方を読み込んだりする。これはこれで良いインターネット・デトックスであり、今後も航空機のネットワーク環境は整備されないことを祈っている。

ヒースロー空港はロンドンからは離れている。
成田国際空港ほど都心から離れているわけではないが、東京国際空港ほど近くはないって感じだ。となれば何らかの交通手段で行くのが常である。
空港からはヒースローエクスプレスという鉄道が通っており、おおよそ20分程度で市街まで行くことが出来る。
成田エクスプレスみたいなもんだろう。

海外でまずはじめに立ちはだかる壁は現地の公共交通機関であることはよくあることだが、今回も例外ではない。
イギリスには「オイスターカード」というプリペイド式のICカードがある。
Suicaみたいなもんだろう。
もしくは、クレジットカードのコンタクトレスで直接改札を通って乗車することが出来る。

しかしヒースローエクスプレスはオイスターカード非対応と聞いていたものが、普通にそのまま改札を通過して乗ることが出来てしまった。困惑気味にインターネットで調べてみると、どうやら今月(2019年2月)からオイスターカードに対応したと書いている日本語のブログがあった。
インターネットというものは便利である。

しかし、今度は乗り込んだ車両に疑問が浮かぶ。
ヒースローエクスプレスにはいわゆる一等車と二等車があるのだが、我々が乗り込んだのは果たして本当に二等車なのか?
ここは階級社会の英国である。どこから来たかもわからない若いアジア人が一等車に不正乗車しているともあれば追い出されるかもしれない。
ウェブで調べてみると、ヒースローエクスプレスの二等車の写真を上げている日本語のブログがあり、我々はきちんと分相応の車両に乗っていることが判った。
インターネットというものは便利である。

ヒースローエクスプレス車内

ヒースローエクスプレスで約20分ほどでPaddington駅に到着し、ここでBakerlooという地下鉄に乗り換える。
ロンドンの地下鉄は古く、車内は大江戸線並に狭い割にそこそこの混雑。おまけに大きなスーツケースを持っている。しかし、世界有数の満員電車を誇る国の首都圏で生まれ育った我々にとって車内での振る舞いは慣れたものだ。
基本的に郷に入っては郷に従うのだが、時には母国の経験だって生きてくるってもんだ。それが満員電車というのが悲しくはあるが…。

Waterloo駅

Waterloo駅はイギリス最大の駅である。
「ロンドン駅」とかあってもいいだろうと思うのだが、ここが日本で言う東京駅だろうか。いや、新宿駅だろうか。いや、日本に例えるのはもうやめよう…。

予約したHampton by Hilton Waterlooは駅から歩いて数分の好立地である。便利なシティホテルだ。

ひとまず宿にチェックインを済ませる。人間、快適な寝床を確保したときは例え国内旅行であろうと、何と無しに安堵感がある。
宿は極めて清潔感があり、日本の快適なビジネスホテルと比べても遜色無い。日本とイギリス、遠く離れても同じ人間、快適に感じるツボは当然同じである。

時刻は16時頃となりすっかり夕方であるが、せっかくなのでホテルから歩いていける距離にあるロンドン・アイやビッグベンを見に軽く散歩に出ることにした。

ロンドン・アイ

イギリスという国は、僕のような車好きにとっては欠かせない存在である。
高校時代から欠かさず観ていたTop Gear(現:Grand Tour)はイギリスの公共放送局BBCの制作であり、世間的には破天荒なシーンばかり取り沙汰されるものの、様々なクルマの楽しみ方を教えてくれた”教養番組”である。
今では定期的にグランド・ツーリングと称して車での旅に出たり、車好きの友人と1人1台で無線で会話しながらツーリングを楽しんだりしているが、振り返ってみればこれらもTop Gearから受けた影響であると思う。
遠く離れた国の番組であるが、僕の人生においてはあらゆる面で大きな影響を受けていることは間違いない。

というわけで、英国文化に対する知識の多くはTop Gearがベースとなっているため、偏りがある気がしてならないが、少なくとも他の多くの国よりは理解がある。
その一つに「イギリスは天気が悪い」というものがあったのだが、訪れたこの日は清々しく晴れ渡っていた。
実際には、年間降水量はロンドンより東京の方が遥かに多い。しかし曇天だったり霧雨だったり気温が低かったりするので、なんとなく天気が悪いイメージがつきまとうのだろう。それに、欧州の中ではどうしても温暖な地中海気候と比べられがちである。

ビッグベン(改修中)

ウェストミンスターの鐘を奏でるビッグベンは2017年から改修工事中である。
ビッグベンは1859年の完成で、時計は日差1秒という当時としてはかなりの精度を誇っていた時計らしい。

工事中の姿もそれはそれで珍しいのかもしれないが、2017年から始まりこの記事を書いている今現在(2022年1月)も続いているので、さしてレアではない。
もともとの予定は2021年中だったものがCOVID-19により延期され、今のところ完成予定は2022年の4月〜6月らしいが、このアバウトさは嫌いではない。

平日にも関わらず結構な人出である。皆iPhone片手に映(ば)える写真を撮っているところを見ると、国は違えど同じ人間。観光地でやることや流行っていることなんて所詮は万国共通である。

ロンドン・アイの右手に見える建物は格式高そうに見えるが、水族館やお化け屋敷が入っていたり、リバークルーズの発着場だったりする。
観覧車のそばにテーマパークがあるのは、万国共通である。

ロンドン・アイに乗ってみたい気持ちは多少あれど、乗らなかった。多分、五千円近くするからだと思う。
馬鹿と煙と僕は高いところへ上るのだが、一方で悲しい性として、常に”コスパ”という概念がつきまとう。未だにスカイツリーに上ったことがないのもそのためかもしれない。
僕は馬鹿と煙と同じく高いところが好きだが、僕は馬鹿と煙とは違い金勘定ができるのだ。

夕食はどこで食べたのかあまり記憶に無いのだが、駅近くにある評判の良さそうな「Gourmet Burger Kitchen」というバーガーショップに行った記憶がある。

ところで、一つ妙に感じたのは、Google Mapsの口コミである。
日本で飲食店を探す場合、★3.5以上もあれば十分高評価であり、時には満足して後から口コミを見ると★3.2なんてこともある。★4以上なんてのはよっぽどの高評価だ。
しかしここイギリスでは、かなり多くの店が★4以上である。
その答えの真相はわからないが、恐らく国民性なのだと思う。日本人は満足しても大抵上から2番目の評価をする。が、満点ではない理由を問われても答えられなかったりする。
一方、イギリス人は一通り満足すれば★5なのだろう。その結果がこの口コミ評価である。
僕も具体的な不満が無いのならば、満点を与えるような人間でありたい。その方がお互いに幸せである。

よくイギリスはメシマズの国だと揶揄されるが、攻めた選択をしなければそうそう不味い店にあたることはないだろう。
結局、食べているものだって日本とそこまで大きく変わらない。勝手知ったるチェーン店があり、馴染みの味だってある。
駅ナカにファストフード店が入っているのも、万国共通である。

(続く)

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